発注書をやめて、カルテ1枚にした。AI編集部の引き継ぎで迷わなくなった

AI社員で記事を回す実践記録

前回、AIリサーチャーに競合分析だけ先にやらせてみた話を書いた。
書く前に勝ち筋が見える。
それはわかった。

でも、その分析結果を次の工程にどう渡すかで、俺は別の壁にぶつかっていた。
発注書、構成案、SEOメモ。
ファイルが増えるたびに、次の担当が「今どこまで決まっているか」を探す時間が増えていく。
AIエージェントを役割ごとに分けるほど、引き継ぎの設計が必要になった。
これは、AIエージェントの引き継ぎで迷子になっていた話だ。


発注書を作るたびに、何かが宙に浮いていた

最初は、工程ごとにファイルを分けていた。
発注書、構成メモ、SEO指示。
役割を分けるという発想自体は間違っていなかったと思う。

ただ、ファイルが増えるほど、次の担当が迷う場面が増えた。
「このSEO指示は最新版か」
「構成はどのファイルが正なのか」
探す時間が、書く時間より長くなることもあった。

ファイルを分けるほど、情報は宙に浮く。

1本の記事で、カルテ1枚に賭けてみた

このままではまずいと思っていたところに、ちょうど以前の記事「目次と内部リンクで、ブログを記事の集まりからサイトに変える」の制作が動いていた。
ここで、発注書・構成・SEO・進行状況を1枚の「カルテ」に全部乗せてみることにした。
タイトル、SEO、構成、調査メモ、内部リンク、制作状態。
それらを別ファイルにせず、1枚に置いた。

根拠があったわけではない。
うまくいくかどうか、正直わからなかった。
ただ、分散させて迷子になるくらいなら、1枚にまとめて試す価値はあると判断した。

1枚にまとめる。それだけの決断だった。

カルテ1枚に、5工程分の判断が積み上がっていった

実際にその記事のカルテを開くと、researcher、編集長、writer、content_manager、jissouの5つの工程が、順番に書き込みを重ねていた。
誰かが上書きするのではなく、下に積み重ねていく形だ。

researcherが調べた内容の下に、編集長が決めた構成が続く。
その下にwriterの執筆完了ログ、content_managerのチェック結果、jissouの公開後処理まで並ぶ。
1枚のファイルの中に、記事1本の歴史がそのまま残っていた。

1枚のファイルが、記事の履歴書になっていた。

この記事で見ているのは、書く前の設計そのものではない。決まったことを、次の担当が迷わず受け取れる場所へまとめた話である。このカルテ1枚を最後まで追いかけた振り返りは、後の記事「1本の記事をカルテ1枚で回してみた記録」で書いた。

「自己検収済み」の一言が、次の工程を迷わせなかった

読み返して気づいたのは、各工程が「完了。自己検収済み」と一言添えていたことだ。
何を確認したか、具体的な項目つきで書かれている。

次の担当は、それを読むだけで「ここまでは確定している」とわかる。
確認のために前の担当を呼び戻す必要がなかった。
これが、引き継ぎで迷わなくなった一番の理由だと思う。

一言の自己検収が、次の担当の迷いを消した。


これは設計思想の話ではなく、運用改善の話だった

以前、書く前に設計書を作るという話を書いたことがある。
あれは、本文を書く前に構成を決めておくという設計の話だった。

今回のカルテ1枚化は、それとは別の話だ。
決まったことをどう次の担当に渡すか、という運用の改善にすぎない。
設計思想を語りたいわけではない。
散らばっていた引き継ぎを、1つにまとめただけの話だ。

考え方を変えたのではない。渡し方を変えただけだ。

それでも、発注書を完全にはやめなかった

カルテ1枚がうまく機能したからといって、発注書を全面的に禁止したわけではない。
原則として新規の発注書は作らない。
それだけを決めた。

例外的に発注書が必要になる場面が出てきたら、そのつど確認したうえで作ることにしている。
うまくいった方法を絶対のルールにしない。
そのほうが、あとで無理が出ない。

やめたのは発注書ではなく、迷いながら探す時間のほうだ。


カルテ1枚は、AIエージェントの引き継ぎ迷子を防ぐ約束事だった

カルテ1枚にまとめたことで変わったのは、書く手間ではない。
次の担当が迷わず着手できるようになったことだ。

発注書をなくした話として語ると、たぶん本質を外す。
本当に変わったのは、引き継ぎのたびに情報を探し回る時間がなくなったことだ。

次は、writerがそのカルテを受け取って、本文だけに集中できるようになった話を書く。

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